近年、企業がオフィス移転をする際に、オフィスビルのBCPを重視するようになってきました。これは、2011年に発生した東日本大震災による影響があるものと考えられます。BCPとは「Business Continuity Plan」の略で、事業継続計画のことをいい、災害、事故等の緊急事態にも被害を最小限にとどめ、できるだけ重要業務と中断させないようにし、中断したとしても、速やかに復旧・再開できるよう事前に策定しておく行動計画です。東日本大震災時には、建物が倒壊しなかった場合でも、通信手段がストップし、オフィス機能の回復に時間を要した企業も多くみられました。そこで、今回は近年、企業が重要視している賃貸事務所のBCP対策について考えていきたいと思います。
それでは、まずBCPのひとつの要素である耐震性についてみていきましょう。1981年6月1日、建築基準法が改正されました。1981年6月1日以降に建築確認されている建物の基準は新耐震基準、それ以前の基準は旧耐震基準となります。新耐震基準と旧耐震基準との違いをご説明しておくと、新耐震基準は震度6強から7程度の地震でも倒壊しない構造基準であり、旧耐震基準は震度5強程度の地震で建物が倒壊しない基準として設定されています。1995年に阪神淡路大震災、2004年に新潟県中越地震が発生し、2006年には物件の重要事項説明書にその建物が新耐震基準を満たしているかどうかの記載が義務付けられました。この頃から企業がオフィスを選定する際、徐々に耐震性を意識するようになってきたと考えられます。さらに、2011年に発生した東日本大震災が拍車をかけ、企業がビルの耐震性を重視する傾向が急激に強まり、旧耐震基準から新耐震基準の賃貸事務所への移転も増加しました。また、建物には「耐震」「制震」「免震」という3種類の構造の違いがあり、地震が発生した際に感じる揺れは耐震>制震>免震の順に大きくなります。そのため、新耐震基準の賃貸事務所に入居していたテナントでも、さらに揺れを低減させる制震構造や免震構造のオフィスビルへの移転も目立っています。
ここで、「耐震」「制震」「免震」の違いについて簡単に説明しておきましょう。「耐震」は、柱・梁・壁等を補強して地震による揺れに耐える建物の構造のことです。「制震」は壁や柱にダンパー等の制振軽減装置を設置して建物の揺れを抑える構造です。「免震」は建物と地面の間にゴム等の免震層を設置し、建物と地面を分離させることにより、建物に揺れが伝わりにくくする構造のことをいいます。近年、竣工の賃貸事務所においては、制震構造や免震構造を備えているハイスペック物件も増えてきています。
東日本大震災以降、BCPを策定する企業が急速に増加しました。その内容には通信の確保、従業員の帰宅困難者への対応のほか、入居ビル選定基準が盛り込まれている企業が多くなっています。入居ビル選定基準には、非常用発電機の有無に加え、地理特性を定める場合が増えています。非常用発電機を設置してあれば、本線、予備電源線のどちらからも電力が供給されなくなった場合にも、電力供給が継続されます。例えば、制震構造や免震構造など耐震性能に優れたオフィスビルに拠点を構え、大地震の際にビルの倒壊や事務機器等の破損を免れたとしても、電力の供給がストップしてしまえば事業の継続は不可能です。そのため、東日本大震災以降、この非常用発電機の設置を急ぐ企業が増えているのです。さらに地理特性については、オフィスの移転場所を選定する際にハザードマップを活用する企業が急増しています。ハザードマップとは被害予測地図のことで、地震などの自然災害による被害予測範囲を地図化したもののことをいいます。オフィスの立地を考える際にハザードマップを活用する企業が増加した背景には、東日本大震災発生時に新浦安や新木場などで液状化現象が発生したことがあります。できるだけ埋立地などは避け、リスクの少ない立地に拠点を置くことも、オフィス移転における最重要事項となってきていると言えるでしょう。
このように、東日本大震災以降、企業が重視するオフィス移転の条件としてBCPは外せない項目となってきました。ビルオーナーも、ビルの耐震設備、非常用発電機の有無や容量等をPRするようになっています。ただし、非常用発電機の設置や制振構造、免震構造の賃貸事務所への移転には高額な費用がかかることも事実です。近年、東京都心では大規模ビルが次々に竣工を迎えており、ハイスペックな機能を備えたオフィスビルも増えています。新しい賃貸事務所を選定する際には、BCP以外にも立地環境や賃貸料等、様々な条件を検討しなくてはなりません。今後、企業がオフィス移転をする際には、それらの条件の中から自社が重視するべき項目を、さらに厳しく見極めていく必要があると言えるでしょう。